2019年05月23日

意味のある「むずがゆさ」

 最近、自分のこと(主に仕事関係)でも、自分の周りでも、色々な意味でちょっとした「むずがゆさ」みたいなものが多々ある。なぜ、こうなるのかな〜、なぜ、ここが噛み合わないのかな〜、なぜ、思いが中途半端にしか伝わってないのかな〜、なぜ、ここでこうこられるのかな〜、などなど。いろいろな「なぜ」が多いのである。いつもよりもはるかに。
 でも、それらの「なぜ」の根本を辿って行くと、決して根本が大きく違うわけではなく、ちょっとしたことの掛け違いなどがきっかけで、むずがゆい「なぜ」が量産されてしまっているような気がするのだ。
 根っこの一番大事な部分を共有できてても、ちょっとしたことで様々なむずがゆさが発生してしまう。このちょっとしたことが意外に思っている以上に大事なのだろう。そこを理解しようとしないか。気づこうとしようとするかしないか。それ次第で物事が最終的に大きく変わってくるような気がしている。
 ちょっとした、様々な「むずがゆさ」は、ちょっとしたことだけど大事なことにつながるものを気づかせてくれる、ひとつのサインなのかもしれない。
posted by 坂本竜男 at 19:13| Comment(0) | TrackBack(0) | ひとりごと
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