2021年09月28日

久しぶりのF0.95の世界

 最近、写真を撮ることを目的に出掛けてなかったので、久しぶりに写真を撮るために近所を散策。気合を入れる意味を含めてG9 PRO+7Artisans 35mm F0.95の組み合わせで臨んだ。

21.9.281.jpg

21.9.282.jpg

21.9.283.jpg

21.9.284.jpg

 写真はすべて絞り開放。つまりF0.95である。しかも、ほぼ撮影最短距離に近いから、マイクロフォーサーズとは思えないほどボケる。ピント面も意外に解像感があるから、花や人を撮るにはいい塩梅だ。F0.95の世界はやっぱり特別。フォーマットを超えた表現ができるように思う。
 七工匠のレンズは安価なのにビルドクォリティが高くて写りが良いものが多いが、F0.95シリーズはその中でもかなりの出来。50mmも欲しくなるなぁ。
posted by 坂本竜男 at 23:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 写真

写真を撮ってない

 最近、まともに写真を撮ってない。もちろん、Web用に撮った料理の写真などはある。けれど、撮るのが目的で撮った写真が全くない。これが今の自分自身をよく表している。
 写真を撮りに出かけなきゃなぁ。
posted by 坂本竜男 at 15:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 写真

2021年09月27日

大判プリントしたい

 デジタルになってから写真の概念が変わってきているような気がするが、やはり写真はプリントしたものではないかと思う。あるカメラマンがおっしゃっていたのは、写真はプリントして(できれば大きく引き伸ばして)わかること、気づくことがたくさんあるとのこと。それは本当にそうだと思う。
 僕自身はプリントすることはあまりなくて、仕事で撮った写真の多くは印刷物になる。印刷物になって初めて気付かされること、わかることは多いものだ。
 だが、僕が撮った写真が印刷物になる場合、その多くはA3サイズまでにとどまることが多い。実は、それ以上に引き伸ばしたいという願望がどんどん大きくなっている。
 早速、何枚か大きく伸ばしてプリントしたいと思うのだが、2,000万画素だとどのくらいまでOKなのだろう?おそらく、ポスターの仕事をした限りでは、A2なら全く問題なし。B2までは十分いけるのではないかと思う。観る距離をとればB1も問題ないんだろうけど。
 大判プリントは、これからの僕にとっても大事な気がするので、近々色々なサイズで試してみようかな。
posted by 坂本竜男 at 20:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 写真

2021年09月24日

アンテナとトンボ

21.9.232.jpg

 くじゅう野の花の郷さんを出ようとしたら、クルマのアンテナにトンボがとまっている。そこそこ風があるのに、まるで写真を撮るのをせがむようにアンテナにとどまっている。あわててカメラを取り出し、シャッターを切った。
 写真を撮り終わると、何事もなかったようにあっけなくトンボは飛び立っていった。これは本当に撮って欲しかったのかもね。
posted by 坂本竜男 at 00:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 写真

2021年09月17日

現像について

 昔は写真の現像といえばフィルムのことで、撮影したフィルムを専用の薬品で処理して像を浮かび上がらせ定着させることを意味していた。
 しかし、デジタルになってからはLightroomやPhotoshopなどのソフトで画像処理することを指すようになった。実は、このデジタル時代で使われる「現像」という言葉に違和感を感じている。
 写真を撮る際に、プロはもちろんハイアマチュアの人たちもRAWデータで撮ることが多い。でないと画像処理の際に画質が劣化するからだ。そのこと自体は問題ではない。違和感を感じているのは、いじる前提で撮っているケースが多いように感じられることなのだ。
 僕もPhotoshopで色調整をするが、できるだけ最小限に抑えているし、できる限り色調整なしでいけるような撮影を目指している。Photoshop前提の写真は力がなくなるように感じてしまうのだ。それに、できる限り見たまま感じたままを見せたいという思いもある。
 PhotoshopやLightroomで処理するのが悪いわけではない。しかし、大幅にいじる前提の写真は何か違うと思うのである。
posted by 坂本竜男 at 21:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 写真

2021年09月07日

モノクロって、なぜ良いのだろう?

21.9.74.jpg

 G9 PROのL.モノクロームDで撮った写真がなかなか良い。レンズがパナライカだから、その描写に磨きがかかってさらに良い。でも、なぜモノクロって良いのだろう?
 普通のなんでもないカラー写真をモノクロにするだけで、ちょっと良い感じになるというレベルのものも含めて、やっぱりモノクロは良い。それはカラー写真がなかった頃のノスタルジックな感じがするからだろうか?
 いや、そう言った写真も多々あるが、洗練されて研ぎ澄まされたようなクールな写真もあるし、色味がないはずなのに豊かな色味を感じる写真もある。同じモノクロでも様々なタイプの魅力ある写真があるのは確かだ。
 デジタルの場合、カラーで撮ったものをあとでモノクロに変換するより、最初からモノクロで撮った方が情報量が多いのは間違いない。実際、色の深みがかなり違ってくる。でも、それはモノクロ写真の良さの本質を突いているわけではない。
 僕が思うのはカラーに比べて少ない情報量が、その理由の一つになっているのではないかと考えている。引き算による「美」だ。
 モノクロームに欠けている情報は、もちろん色情報。全ての色をモノトーンで表現しなければならない。しかしその分、構図や陰影、被写体の造形などが際立つ。そして、足りない色情報は脳内で補う。それは、際立たせたい部分を際立たせながら、色は見る人に委ねるという自由さともとれなくはないだろうか。
 もちろん、それだけがモノクロームの魅力ではないはず。多くの人が感じているモノクロの魅力には、いろいろな要素があるはずだ。G9 PROのL.モノクロームDというフォトスタイルで、モノクロを追求していくのも面白いかもしれない。
posted by 坂本竜男 at 20:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 写真

2021年08月04日

太良町の干潟にて

21.8.46.jpg

21.8.47.jpg

21.8.48.jpg

 道の駅 太良の裏はすぐ有明海。干潟が広がっているのだが、もう潮が満ち始めているのがよくわかる。波というよりも、海水面が迫ってくる感じだ。確かに月の引力が見える!これはすごい。
posted by 坂本竜男 at 21:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 写真

2021年07月14日

時間〜TIME BOWIE×KYOTO×SUKITA 鋤田正義が撮るデヴィッド・ボウイと京都

21.7.136.jpg

 デヴィッド・ボウイと鋤田正義。そして、京都。買わずにはいられない。
 この写真集はデヴィッド・ボウイの写真集というよりも、デヴィッド・ボウイを通して見る京都の写真集といった要素が強い。たくさんのボウイの写真を期待する人はがっかりするかもしれないが、個人的にはやはり特別な写真集と言わざるを得ない。この写真集をじっくりと見た後で京都へ足を運ぶと、あちこちでボウイを感じれるはずである。それがまた素敵なのだと思ってしまうのだ。
posted by 坂本竜男 at 10:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 写真

2021年07月08日

大判プリントをしたい

 LG 32インチモニターにしてデスクトップ画像も変えたら、自分が撮った写真を大きなサイズで見るのも悪くないなと思ってしまった。
 32インチモニターの画面のサイズはA2サイズよりも広い。高さはあまり変わらないが、横は10cmくらい大きいのだ。このサイズで見ると、当たり前だが迫力が違うし、写真の良い部分も悪い部分も見えてくる。だからこそ、ある程度納得がいく写真が撮れた時に大判プリントをしておきたい。そう思ったのだ。
 これは将来、写真の個展のためのシミュレーション的な要素もある。これは完全に自己満足の世界かもしれないが、たまには(?)それも悪くないよね。
posted by 坂本竜男 at 23:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 写真

2021年07月01日

湊の立神岩

21.6.305.jpg

21.6.306.jpg

21.6.307.jpg

21.6.308.jpg

21.6.309.jpg

 呼子の朝市で買い物をした後は、湊の立神岩へ。ここも七ツ釜と同様、玄武岩が作り出す絶景。距離と高さを変えて眺めれるのがまた良い。
 この絶景というか、奇景というか、この景色に神を見出したのも頷ける。でも、見ようによっては鬼に見えなくもない。それを神と見立てたというのは、この美しい海と関係があるんだろうか。
posted by 坂本竜男 at 10:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 写真

2021年06月30日

夜の呼子港

21.6.2921.jpg

21.6.2922.jpg

 食後は暗くなった呼子港近辺を散歩。夜の呼子港というのも風情があって良い。決して大きくはない漁港だが、呼子ならではの空気感が心地よい。酔いを覚ますにはぴったりの場所だ。本当に、いいところだなぁ。
posted by 坂本竜男 at 20:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 写真

呼子大橋と弁天遊歩橋

 呼子を代表するビュースポット、呼子大橋をいろいろなところから…。

21.6.297.jpg
加部島より。

21.6.298.jpg
橋の上から(加部島側)。

21.6.2913.jpg
呼子大橋を歩いて渡る。

21.6.299.jpg
呼子大橋と弁天遊歩橋。

21.6.2910.jpg
弁天島から見上げる呼子大橋。

21.6.2911.jpg
弁天島の厳島神社。

21.6.2912.jpg
呼子大橋と弁天遊歩橋(弁天島より)。

 呼子大橋は何度か渡ってはいるが、歩いて渡ったのははじめて。そして、弁天遊歩橋を渡るのも。
 いずれも呼子を代表するビュースポットだが、実際に歩いて渡るとそのその絶景は感動的。橋も海も美しく、しかもダイナミック。今回は時間があまりなかったので短時間しかいれなかったが、もっとじっくり時間をかけてこの眺めを楽しむべき場所だ。とくに弁天遊歩橋からの光景は素晴らしいので、今度はじっくり時間をかけて楽しみたいものだ。
posted by 坂本竜男 at 19:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 写真

20年ぶり(?)に七ツ釜を訪れる

 昨日は唐津へ出張。早めに出たので、七ツ釜を訪れることに。おそらく、訪れるのは20年ぶりである。

21.6.291.jpg

21.6.292.jpg

21.6.293.jpg

21.6.294.jpg

21.6.295.jpg

21.6.296.jpg

 久しぶりの七ツ釜は、あらためて自然が作り出すダイナミズムの迫力を感じた。
 柱状節理といわれる、岩肌が柱のように規則正しく並んでいる様は、自然のものなのにまるで人工物のような感じがもし、不思議な存在感がある。ほかではなかなか見られない絶景だ。
 七ツ釜の象徴ともいえる海食洞は、まるで巨大な怪獣のような迫力がある。最大で奥行きは奥行きは110mもあり、遊覧船で入っていくこともできる。今回は時間の関係もあって上から眺めただけだが、次はぜひ遊覧船からこの絶景を堪能したい。
posted by 坂本竜男 at 17:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 写真

2021年06月21日

彩雲に続く雲

21.6.2015.jpg

 小国町では鱗雲と、鳥の羽を思わせる不思議な雲が広がっていた。

21.6.2016.jpg

 それは日田まで続いていて、彩雲につながっていた。なんとも不思議で美しい光景。明るい未来を示唆するような、希望に満ちた光景だった。
posted by 坂本竜男 at 10:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 写真

2021年06月20日

呼び戻すもの 忘れ去るもの モノクロの写真

21.6.195.jpg

21.6.196.jpg

 今回は時間に余裕を持ってスケジュールを組めたので、アルテジオの展示を楽しむ。
 50〜60年くらい前のモノクロ写真の展示が中心だが、音楽をテーマーにした美術館だけあって、音楽を感じる素敵な作品が並ぶ。モノクロ写真は色情報がないだけに情報量は多くはないが、そのぶん主題をより明確に描き出す良さがある。これがカラーなら、また印象は大きく変わっただろう。忘れかけた良さを気づかせてくれる素敵な展示。そして、やはりそこには音楽を感じてしまう。いやでも影響受けてしまうよね。
posted by 坂本竜男 at 20:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 写真

エゴイスタス配本大分編のスタートは

21.6.192.jpg

 昨日から今日にかけて、湯布院ー日田ー小国配本。スタートはこんな素敵な場所から。
 初夏の金鱗湖近くは爽やかな緑が心地よく、また美しい。贅沢なスタートです。
posted by 坂本竜男 at 19:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 写真

2021年06月10日

千栗土居公園のシオカラトンボ

21.6.105.jpg

 帰り道に、みやき町の千栗土居公園にちょっとだけ立ち寄った。二千年ハスは、ようやくつぼみが出てきたくらい。

21.6.102.jpg

21.6.103.jpg

21.6.104.jpg

 ハスのかわりにシオカラトンボがお出迎え。池の周りを盛んに飛んでいるのはオスばかり(ちなみにメスは色が違う)。近くまで来てくれたので、レンズをタムキューにかえてパシャリ。意外にじっと止まってくれているので、なんとか望遠マクロ(しかもマニュアル)でも収めることができた。
 シオカラトンボはこれからの季節、いい被写体になってくれるね。
posted by 坂本竜男 at 16:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 写真

2021年06月04日

昔の写真

 訳あって、大量にある昔の写真を見直している。キヤノンAPS-C時代、キヤノン フルサイズ時代が中心だ。
 今、それらを見て思うのは、とにかくピンボケが多いということである。そして、風景写真など水平を取るべきものが全く水平が取れてないものも多い。要は失敗写真が大量にあるのである。それを補うかのように、とにかく似たようなショットも大量にある。
 つまり、自分の技術のなさはある程度自覚していて、それを補うべく大量に撮っていたのだろう。そういう意味では、今は多少は上手くなっているし、マイクロフォーサーズのミラーレスに移行して失敗はかなり減ったと思う。あのとき、今のカメラと技術があれば……。そう思うことも少なくない。
 しかし、昔の写真の中には、ごく稀に「よくこんなの撮れたな」という写真もある。逆にこれは今撮ろうと思っても難しいかもしれない。
 結局、経験や技術、良い機材によって得るものは大きいが、失うものもあるということなのだろうか。そうではないことを願う意味でも、昔の写真を見ながら、初心を忘れないようにしようと思うのである。
posted by 坂本竜男 at 13:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 写真

2021年05月25日

相島での撮影を振り返って

 例年よりも大幅に早い梅雨入りで撮影日程のタイミングが難しかったが、結果的には良い日に撮影ができた。
 もしものことを考え、島へは多めの機材で乗り込んだのだが、結論を先に言えばここまでの機材は必要なかった。
 今回持ち込んだ機材は、オリンパスPROの大三元ズームとE-M1 mark II。ルミックスG9 PRO、20mm F1.7、パナライカ12-60mm、中一光学25mm F0.95、七工匠35mm F0.95、マセスの三脚といったところ。
 今回はどうしても望遠で撮りたいものがあったので、オリンパスのPROレンズ40-150mm F2.8を持参したが、このコンディションであれば大幅に小型軽量な40-150mm F4-5.6Rでも十分にだったかも。
 今回は風景メインなので単焦点レンズの出番はほぼなし。中一光学で数枚撮ったのみだった。正直、今回は持っていかなくてもよかった。ただ、いざという時のために20mm F1.7くらいはバッグに忍ばせてもおいても良いかもしれない。
 三脚は全く出番なし。むしろ荷物になり邪魔だった。ちゃんと三脚を使った撮影をする場合、そうしても使い勝手と安定性の高いジッツオになってしまう。このクラスのマセスの三脚は僕には必要ないのかも。
 これらを踏まえると、今回の撮影機材は標準ズームと広角ズーム、そしてオリンパス40-150mm F4-5.6Rのみでも十分だったということになる。ボディも1台でもよかったかも。となると、かなりスリム化できるわけだ。
 これだけスリム化しても、実はピークデザイン エブリデイスリング6Lには実は収まりきれない。あと少し大きいバッグがあると具合が良いのだが。ちなみにリュックタイプのカメラバッグは、収納力はあるもののレンズ交換がちょっと億劫になる。僕の場合は、ほどよい大きさのスリングバッグがあっている。エブリデイスリング10Lの導入を検討しても良いかもしれない。
 今回の撮影で想像以上に大変だったのは島内での移動。レンタサイクルもあるようだが、藪の中などにも入っていったので基本は徒歩。撮影が終わって携帯の万歩計を見ると、19,000歩を超えていた。しかも意外に坂道が多く、海岸近くは足元も良くない。撮影後はふくらはぎがパンパンだった。
 ロードバイクでもふくらはぎはあまり使わない。一日歩き回るような撮影では、案外普段と違う筋肉を使う。やはり撮影は体力勝負。普段から体力作りを心がける必要があることを実感した。
 コロナ禍ではあったが、無事に撮影の仕事ができ、収穫も多かった。今から、コロナが収まり、いろいろなところへ出かけれるようになるときのためにも、機材や体のことなどはもちろん、考え方や動き方などについて考察したりと、いろいろと備えておくのは大事なことだ。準備期間にあてることができるコロナ禍の今は、実はとても大事な時期なのだ。
posted by 坂本竜男 at 10:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 写真

2021年05月24日

小さな漁港に惹かれる

21.5.2323.jpg

21.5.2324.jpg

21.5.2325.jpg

21.5.2326.jpg

 僕は内陸部生まれの内陸部育ちだから、海に惹かれるのは当然なのだが、その中でも小さな港はとくに魅力を感じてしまう。
 相島のような島の港は大抵の場合漁港なのだが、その漁港ならではの漁に携わる人たちの空気感が感じられてなんとも言えず良いのである。
 生活の一部である漁の身近さとたくましさ、都会にはない時間の流れ、小さくても広大なものに対して開けている潜在的な大きさ。とにかく魅力に溢れているのだ。
 コロナがおさまったら、一度、一日中のんびりとこんな漁港を眺めながら過ごしてみたいものだ。
posted by 坂本竜男 at 14:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 写真
Powered by さくらのブログ