2017年02月27日

等伯

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 小説をほぼ読まない僕が、今更ながらこの作品を読もうとしているのは、作者である安部龍太郎さんが長谷川等伯については第一人者と言っていい方であることと、実際に昨年にお会いしたことが大きい。
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2016年10月14日

ボブ・ディラン、ノーベル文学賞受賞!

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 日本では毎年、村上春樹ばかり話題になっている気がするノーベル文学賞。なんと今年の受賞はボブ・ディラン。これは個人的には村上春樹が受賞するよりも、はるかにエキサイティングなニュースだ。音楽のカリスマが文学的にも高い評価を受けたわけだ。とにかく素晴らしい!
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2016年02月22日

認識以上の「短さ」

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 文鳥文庫の「注文の多い料理店」と「走れメロス」を購入した。文鳥文庫は蛇腹折りの一枚ものの文庫で、長くても16ページ、短いものは8ページしかない。「注文の多い料理店」は12ページ、「走れメロス」は16ページ。いずれも10分ほどで読めてしまうボリュウムだ。
 文鳥文庫の魅力はまた別の機会に触れたいと思うが、これらを見て驚くのは、認識している以上にこれらの名作が「短い」ことである。多くの人たちが、実際よりもボリュウムがあると思い込んでいるのではないだろうか。それだけ簡潔でありながら、中身が濃くて印象に残るということなのだろう。これらの作品が多くの人たちに愛され続けられている理由の一つに、その「短さ」があるのかもしれない。
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2014年07月17日

夢二外遊記―竹久夢二遺録

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 竹久夢二が晩年、欧米外遊中に書き記した日記、スケッチ、随筆等をまとめ、昭和20年に限定200部非売品として発刊された貴重な一冊である。これがとても面白い。
 夢二が画家としてだけでなく、文章にも長けていること。そして、その表現や捉え方がとても大きいことに感心せずにはいられない。そして、今の時代にも通じる大事な提言をしていることも見逃せない。これが限定200部とは言え、戦後間もない時期に発行されているのは凄い事だと思う。
 この貴重な本が、つい最近復刻されている。これはとても素晴らしい事だ。夢二ファンの方はもちろん、そうでない方にも読んでほしい一冊だ。もちろん、僕は買います。
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2013年04月01日

方丈記

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 随分前に買っていた方丈記の原文を、やっと読み始めた。僕の関心の高まりと、方丈記の800周年がちょうど重なるのも、単なる偶然とは思いたくない。古典が大の苦手だった僕は、ずっと古典そのものを避けてきた。しかし、方丈記は決して避けることのできないもののようだ。
 方丈記は、今にしてみればびっくりするくらい短い。しかし、その内容は深く濃く、そして歌のようにリズミカルである。今の世の中だからこそ必要と思われることが、方丈記にはちりばめられている。これを少しずつ読み解いていくのは楽しい作業になりそうだ。
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2013年01月29日

森の生活 −ウォールデン−

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 どうもヘンリー・デイヴィッド・ソローは、僕にとって避けては通れない存在らしい。南方熊楠を読み進めても登場する。そこで、彼の代表作である「森の生活 −ウォールデン−」を購入。早速、読み始めている。
 この本が今の僕に、びっくりするくらいピッタリくるところがある。なぜ、今まで読まなかったのだろう、とも思うが、読むべきタイミングで出会ったのに違いない。
 
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2012年11月26日

野上弥生子を読みたい

 最近の読書は一つの作品から数珠つなぎのように、いろいろな人につながっていく。ここ最近では白洲正子、小林秀雄、青山二郎から始まって、今は赤瀬川原平といった具合に。そして、赤瀬川原平から次への興味は野上弥生子へ移ってきている。
 もちろん、きっかけは赤瀬川原平の「千利休―無言の前衛」である。映画「利休」の脚本を手掛けた赤瀬川原平が、そのときに書いたものなのだが(これも面白い!)、その映画「利休」の原作が野上弥生子の「秀吉と利休」なのだ。千利休は僕にとっても重要な存在だから、これは必ず読まなければならないが、もちろん利休だけではない。
 編集者の松岡正剛が「宇野千代も円地文子も瀬戸内寂聴も、この人の慎ましさにはまったく頭が上がらなかった。上がらなかっただけでなく、慎ましいにもかかわらず、その教養の深さと広さと速さの相手をつとめる者なんて、もう誰もいなかった。たとえば能や謡曲については、白洲正子ですらお孫さんのようなものだった。(「松岡正剛の千夜千冊」より抜粋)と言うほどの人である。これは読まずにはいられないだろう。
 そう言いながら今更ながらに感じるのは、僕の読書の偏り具合である。文学に関してはほとんどと言っていいくらい、触れていない。今はそれを取り戻すかのように、興味だけは湧いているのだが、まだまだといったところである。しかし、幸いにもとっかかりになるものはいくつもある。これからは遅まきながら、いろいろな文学にも触れていきたいと思う。
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2012年10月26日

両性具有の美

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 雨で予定していた撮影が延期になり、ぽっかり時間が空いてしまったので、今日は昼間から読書。キレイになったばかりのスパアバで、雨中に出かけていくのも気が引けるし、ましてや自転車ではねぇ。
 最近は白洲正子ばかり読んでいるが、その中でも「両性具有の美」は、日本文化特有の思想が良く表れたものではないだろうか。そして、これは西洋文化(キリスト教圏の文化)と決定的に違うものでもある。
 性別を超えた存在に特別なもの、あるいは特有の美を見いだす日本の文化。これは今もしっかりいろいろな形で残っている。それらのルーツを探りながら、日本の美意識について考えるのはとても面白い。そして、この本を読むと、世阿弥や能、南方熊楠などをもっと知りたくなるのだ。
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2012年10月23日

久しぶりに白洲正子の世界に浸かる

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 只今、僕にとっての何度目かの白洲正子ブーム。空いた時間に持っている著書や関連する書籍を読み返している。
 いつの間にか随筆家という言葉自体をあまり聞かなくなった。随筆家はエッセイストという言葉に置き換わってしまった。確かに訳するとそうなるのだが、意味的には随筆家にはもっと重みと格調があったのではないかと思う。もっと言えば文化的なのだ。そう言う意味では、白洲正子は随筆家という肩書きはピッタリである。もちろん、その枠だけに収まっているような人ではないけれど。
 白洲正子はいろいろな面白い世界への入口でもある。骨董、能、生け花、青山二郎、小林秀雄、かくれ里、十一面観音などなど…。白洲正子をきっかけにいろいろな世界の扉を開き、そして再び白洲正子の面白さや格好良さに戻る。僕もこんな格好良い歳の重ね方をできればと思う。
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2012年02月18日

一番遠いところに触れる

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 自分から一番遠いところにあると思われるものが、実は自分にとって凄く大事だったりする。
 これは以前、僕がいつもお世話になっている方から聞いた話だ。自分には縁がない、関係ないと思っているものに挑戦することになったとき、自分の新たな側面が見えたり、眠っていたものが目覚めたり、活性化したりし始めたそうだ。これはとても興味深い話だが、思い起こすと僕にも似たような経験がないわけではない。そこで、自分の幅をを広げる意味でも、いろいろ挑戦しようと思っている。
 で、今勧められているのが恋愛小説。確かに僕にとって、恋愛小説は最も遠いところにあるものの一つだ。挑戦しがいがありそうだが、どれを読んでいいのかさっぱり分からない。そこで、最も有名な恋愛小説とも言える、源氏物語に触れることから始めて見ようと考えた。そして「はじめての源氏物語」という本を入手。早速読み始めている。さて、どんな発見があるのか?タノシミ、楽しみ‥。
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2012年01月12日

徒然草を読みたい

 急に徒然草を読みたくなった。この誰もが知る日本を代表する随筆は、単なるエッセイという枠を超えた深さがあるように思う。それを改めて読み返したくなったのだ。
 しかし、徒然草に触れるのは学生以来。それに原文を読んでキチンと理解できるほど教養があるわけでもない。良い現代語訳がないか探している。学生時代にちゃんと勉強していればねぇ〜。
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2011年01月30日

無常という事

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 白洲正子の影響を少なからず受けている僕が避けては通れない文、それが「無常という事 / 小林秀雄」だ。彼女が大切な一冊として紹介していて、それで早速買って読んでみたのだが、おそらくまだ僕はこの本の真意を理解していない。わずか5ページ足らずの短い文章なのだが、そこに書かれてある事は深い。
 一度読んでそれで終わりという本は、大抵の場合はその程度のものだ。すぐ理解できる、できないにかかわらず、何度も何度も読み返す本が価値があるのだと思う。今日は幸か不幸か天候も優れない。せっかくの機会だ。何度も何度も読み返してみたい。
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2010年10月05日

箱男

 ガルシア=マルケスがなかなか読み進まないので、安部公房の「箱男」を読み始めた。すると、これがとても面白い。相変わらずの現実からちょっと離れたような設定と、ちゃんとした定義。そしてそこにある妙なリアリティと無国籍感。やっぱり読み出すとグイグイと引き込まれてしまう。
 内容の面白さもそうだが、価値があるのはこの巧みでわかりやすく、無駄のない文章に触れるということだろう。文章のうまさはピカイチだ。
 僕は大人であれば、どんな職業でもある程度まともな文章を書けないといけないと思っている。安部公房との出会いはそう言う意味でも必然だったに違いない。
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2010年10月03日

停滞

 「予告された殺人の記録」がなかなか読み進まない。登場人物の多さに加えて、その人物の名前が馴染みのないカタカナだから、「あれっ、この人誰だっけ?」としょっちゅうページをさかのぼる羽目になる。もう少し記憶力の良いときだったら、少しは違うのだろうけど……。
 それに対し、安部公房の作品は登場人物は少なく、最近読んだ2作品に関しては文章に名前すら出てこない。そのおかげもあって、ストーリーにより集中出来る。
 登場人物の人数と作品の善し悪しは別の問題だが、読む側の問題としては決して小さくない気がする。文学に触れるのに、そんなことを言っててはいけないんだろうけどね。
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2010年10月01日

ガブリエル・ガルシア=マルケス

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 安部公房つながりで、彼が影響を受けたガルシア=マルケスを知りたくなった。そこで早速、店頭に唯一あった「予告された殺人の記録」を購入(本来は「百年の孤独」なんだろうけど)。安部公房は想像していたものと違う形で、いろいろな影響を受けてしまった。はたして、ガルシア=マルケスはどんな世界を見せてくれるのだろう?
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2010年09月22日

2冊目

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 「砂の女」はあっという間に読んでしまった。そして早くも2冊目に突入した。
 それは「他人の顔」。ここにも「砂の女」と共通する独特の世界観とリアリティがある。そして、「砂の女」同様、巧みな描写によって脳裏にこまかなディテールまでがはっきりと浮かび上がる。小説を読んでいるはずなのに、映画を見ているような錯覚さえ覚える。あぁ、これが安部公房の世界なのか…。なぜ今まで読まなかったのだろう?
 でも、昨日書いたように、おそらく今がベストのタイミングなのだ。10年前に読んだとしても、ここまで感じ入ることができただろうか?きっと人によってベストのタイミングというのは違う。そして、それは小説に限った話ではない。絵画も音楽も書も写真も伝統芸能もスポーツも、おそらくみんなそうなのだ。
 で、僕にとって今は安部公房に没頭すべき時期なのだろう。この価値あるひとときをじっくり楽しんでいこう。
posted by 坂本竜男 at 23:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 文学

2010年09月21日

安部公房

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 僕は本が大好きなのだが、いわゆる読書家とは違う気がしている。それは「読む」部分より「見る」部分の方が比率としては大きい気がするからだ。だから、装丁が素晴らしければ内容がつまらなくても、僕にとってはものすごく価値があるし(幸い、装丁が良い本は内容も良いが)、図鑑や写真集も立派な読書だ。
 そんな僕が所有している本の中で、圧倒的に少ないのは小説。10冊ないのではないだろうか。なぜか優先順位の上位に小説がこないのだ。どんなベストセラーも知っているのはせいぜい作家くらいで、一切読んでいない。僕にとって小説なんて必要ないモノだと思い込んでるフシもある。
 しかし今、僕は一冊の小説を手にしている。安部公房の「砂の女」だ。「砂の女」に大きな意味はない。安部公房であることが重要なのだ。
 小説を避けるように生きてきた僕でも、安部公房の名前と「壁」くらいは知っている(逆にその程度しか知らないと言うコトでもあるが)。安部公房の作品を何でも良いから読もうと思ったのはある人の影響なのだが、そのタイミングがなぜ今なのかは自分でもよくわからない。丁度仕事も落ち着いているし、時間もあるからだとは思う。おそらく今が一番吸収出来るタイミングというコトなのだろう。
 実際に読み始めると、これが面白い。もっと小難しいと思っていたが、決してそんなコトはない。ありえないような設定の中にも妙なリアリティがあり、巧みな表現と相まってどんどん引き込まれてしまう。まだ読み始めたばかりだが、一気に読んでしまいそう。しばらくは本屋通いが続きそうだ。
posted by 坂本竜男 at 23:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 文学
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